通勤電車で読む『たった一度の人生を記録しなさい』。「自分を通す」ライフログ。「きっかけになります」。

たった一度の人生を記録しなさい 自分を整理・再発見するライフログ入門

たった一度の人生を記録しなさい 自分を整理・再発見するライフログ入門

某所の連載で、いい湯加減なのでよさげかなあと思っていた著者の人。ライフログ、という言葉は、自分もだけれど、学生に習慣づけたいなあと思っていて、学生ポートフォリオシステムみたいのも大学で導入して委員的なことをやったりしていて、そういういみでひじょうに関心があって読んだ。
で、まぁ内容的には読みやすかったっていうか、いい湯加減で、無理せずハードルを下げてらくに楽しくライフログを習慣化すればいいじゃない、というかんじで、そのツールとしてスマホEvernoteが使えるよ、ということにほぼ尽きる。ただ、気になったキーワードがあって、「・・・きっかけになります」という言い回し。ライフログを見返すことで、何々するきっかけになる、だからライフログをとるといいじゃない、という。そうすると、着地点としては、「思い出をよみがえらせる」とか「やるきをだす」とか「人生の一瞬一瞬が充実する」とか、そういうふわふわっとしたところが印象に残って、ログをとることのハードな利点があんまり印象に残らなかった気はする。たぶんあるはずなのだけれど。そのことと関係するのだと思うけれど、「自分を一度通す」、自分で入力するライフログのことが扱われていて、いわゆるライフログという時のもう一つの意味、たとえばカードを使いながら生活してたらamazonの購入履歴やツタヤのレンタル履歴や交通移動履歴やコンビニの買い物履歴やなんやかんやがログを自動蒐集されて活用される、みたいないみでのライフログ、についてはほとんど扱われてないし、「自分を一度通すことが重要」みたいに書いてある。そのへんが、まっとうでもあるし、怖いところに触れないなあ、という気もする。
ま、この内容で読みやすさで、新書だったらまちがいなく学生に勧めるだろうなあというかんじはある。