『ライフストーリー研究に何ができるか』。インタビューはていねいに。

ライフストーリー研究に何ができるか

ライフストーリー研究に何ができるか

これは論文集。最後の章が、自分的なライフストーリー研究っぽいイメージに一番近かったかと思うけれど、これは、筆者が未熟でインタビュアーとして下手だったとき?のインタビューを読み直したもの。ほかの論文で、たとえばインタビュー後に「警察の尋問みたい」と言われるとか、あらかじめ決まった被害者像を聞きたがっているのだろうとインタビュイーに見透かされていたりとか、けっこう押し付けっぽいインタビューのはなしが多いのだけれど、これさいしょからもっと上手にインタビューする人だったらどうだろうか、と思いたくなるふしもなきにしもあらずの論文もちらほらかと。まぁもちろん、インタビュー調査それじたいの本質的な暴力性、みたいなはなしが含まれているというのはわからんではないですので、まぁええのですが、しかしそれでもさいしょからもうちっとていねいにインタビューしてればよかったのではと言いたくなるのもあるわけで、まぁそのへんで、どういう読後感になるかを分かつのは、人柄といいましょうか、あんましこう、ありありと居丈高なインタビューや強引な解釈をやっておいてからインタビュー調査の根源的暴力みたいな?ほうに持ってかれると、いやいやいや・・・という気には、まぁ、なるわけで、まぁそのへん、最後の章なんかは比較的好感を持ったかなと思った。あと、語り手の興味深さということで言うとアルビノのはなしはシンプルだけどちょっとヒヤッとした感触があって好感を持ったかなあと。
ちなみに、学生さんが卒論でインタビューやるといったときには、「まぁ、ていねいに話を聞いてきなはれ、いってらっしゃーい」というかんじでけっこうあんまし難しいことをいわないことにしている。数年前か、けっこうがっつりしたインタビューをした学生さんは、けっこうまじめで優秀だったんで事前に質問項目一覧とか作ったりしてたんやけど、「まぁ、それはそれで聞いてもいいとして、まぁしかし、どっちかっつーと雑談でも何でもええからな、愚痴でもなんでも、ずっと愚痴きいてあげるぐらいのつもりでなんでも聞いたったらええねんけどなぁ・・・、できる?」「やってみます」「ほなまぁていねいに話聞いてあげてきなはれ、いってらっしゃーい」みたいなかんじ。