『「文明の衝突」はなぜ起きたのか』。平易なことをゆっくり積み上げていって、困難な現実を丁寧に示す。

薬師院さんの新刊。帯に曰く「起きているのはイスラム教圏とキリスト教圏の「衝突」ではない」。
さいしょのうちは、ひとつひとつは高校の歴史でならったかもぐらいの、ヨーロッパとイスラム世界の歴史をゆっくりと辿る。ただし、学校の授業だと、現在的な「政治的問題」につながることを避けるようになっているだろうけれど、そのへんをきちっと、現在の問題とつながるように、まぁしかし性急に現在の問題と過去の事柄を一対一でつなげることも間違いなわけなのであくまでゆっくりと論述を積み上げていって、まぁ読んでいると確かにそりゃ、「ソ連が崩壊して社会主義が敗北し、グローバリゼーションにおける最終決戦としてキリスト教圏とイスラム教圏との「文明の衝突」が始まったなぁ」などと粗雑なことは言えなくなるし、そういう粗雑な言い方で対立を煽るポピュリズムはやはりかなんなあと思えてくるようになっている。このゆっくりさというのがたぶんキモで、たぶん結論だけをつまみ食いしてパッと言っちゃうと、ネット記事とかでも同じようなことを1頁ぐらいで言っちゃうのはあり得そう、だけれど、たぶんそれでは、安易な結論で「バカなあいつら」を否定して対立を煽ることになってしまって、まぁおんなじことになってしまうだろう。なのでこの本はあくまでゆっくりと進む。それで、第6章で、わたくしたちの民主主義とか福祉国家とかがそもそも帝国主義とか植民地支配とかと表裏一体で与えられてきたんだもんね、というお話になって、第7章では移民労働と経済のお話になって事はがぜん他人事ではなくなってくるわけだし(薬師院さんはここで日本の話を安易にもってくることもしないわけだけれど、でも当然、読みながら連想する)、第8章で「多文化主義」と「文化多元主義」という、ぼんやりと似通ったイメージしかもってなかった概念をきちっと腑分けしつつ、日本的な「多文化共生」などというふわっとした理解は現実の多文化主義、文化多元主義といったものとはかけ離れていること、それを理解しないと現実の困難さが理解できないし、理解できなければ立ち向かうこともできないよねということを、知ることになるわけである。
というわけで、一冊読み終わってみたらやはり薬師院さんの本だなあと満足したのだけれど、しかし、ずいぶん我慢強く粘り強い芸風になったものだなあという。