通勤電車で読む『”誰がなぜゲーム”で問う正当性』。

ワークショップなんかで使えるゲームなのかなということで。読みやすいブックレットで紹介するという。一種のシミュレーションゲームで、原発問題なんなりの、立場(行政なり、専門家なり、地元住民なり、都市住民なり)によって利害や意見がわかれるテーマを選んで、誰の意思が尊重されるべきかの順位をつけてみる、で、参加者がそれぞれの立場にわかれてみて、話し合いを行いながら、その順位について合意を作っていく、みたいなゲーム。じっさいに大学生がゲームをやってみたら、話し合いをやったりしているうちに、より互いの意思について理解しあうようになる、みたいなことはおこるようだ。でもって、地域住民の役の人たちが、より広域の住民や行政やらの意思に、理解を示すようにシフトするようになった、とか。うむ、それはしかしどうなんだろうと一瞬おもわなくもなくて、地元住民にとってはある種の問題は(極端に言えば生死を分かつような)絶対的な意味を持つことがあって、リアルな問題であればそこは絶対に譲ることが不可能ということもありうるわけで、まぁそのへんはゲームであれば譲歩可能ということにはなりやすいかも。でもまぁそれもふくめ、こういうシミュレーションゲームの手法はありうるなあと。