『すぐに「かんばん」をやめなさい―トヨタに学びたければトヨタを忘れろ』。トヨタにいたことない人が書いた教科書。宗教の分派を見るよう。

巻頭「はじめに」のところでいきなり、「中小メーカーへトヨタ生産方式が浸透しないのは、ずばり「真のトヨタ生産方式の伝達者(実践者)に指導を受けられない」からである」と宣言する。でもって、じゃあ「真のトヨタ生産方式の伝達者(実践者)」とはどんな人かというと、「筆者の定義する真のトヨタ生産方式の伝達者(実践者)はトヨタの生産調査部員か、トヨタの協力会社でトヨタの自主研へ参加しているベテラン管理者で中小メーカーの指導体験者、またはトヨタ出身者で協力会社への指導体験のある人である」とおっしゃっていて、それでこの著者の人はというと「筆者はトヨタ生産方式の真の伝達者(実践者)から7年間、月1回現場で指導を受け、その後独立して80工場を指導してきた。」という人だというのだけれど、そうすると、あれ?この著者の人自身は「真のトヨタ生産方式の伝達者(実践者)」のなかでいうと、2番目のなにやらあいまいなカテゴリー、トヨタ出身者でないけどトヨタの自主研に参加した人、ということになるかと思う。なんだ、だいじょうぶかな、ていうか、「真の伝達者」みたいにハードルを無暗に上げるのは自分の首を絞めているんじゃないだろうか、と、いきなり心配になるわけだけれど、そうするとこういうことをおっしゃるわけである:

さて、本書は大胆な試みであるが、中小メーカーがトヨタ生産方式を取り入れるのに、前述したトヨタ生産方式の真の伝達者(実践者)の指導を受けられなくても本書に従えば、トヨタ生産方式で大きな利益を出し、改善力ある人づくりができる工夫をしたのである。・・・
これは筆者がトヨタ生産方式の指導を受けた体験および中小メーカーへの豊富な指導体験があること、ISO9001の審査員で標準化の専門家であること、並びに経営工学の技術士であるからこの挑戦ができたのである。これが本書なのである。

ということで、なんかよくわからないけれど自分は正統な流れをくむ有資格者であり本書は正統であるばかりか素晴らしい経典なのである、トヨタの名をかたる偽物の指導を受けるより自分の描いた本書こそが真のトヨタ生産方式を伝達するのである、ということらしい。なんかそんなきもしてきた。ていうか、なんか宗教の分派を見るようである。
で、まぁタイトルに『すぐに「かんばん」をやめなさい―トヨタに学びたければトヨタを忘れろ』とあるように、この本は、かんばんだのあんどんだの「後工程引き」だのといったトヨタトヨタした方式の説明はあんまりしていないし、どっちかというとそういうのに批判的である。第1章のタイトルにいわく「そもそもトヨタ生産方式の目的とは何か」、そして第1章第1節が「トヨタ生産方式は手段と知れ」となっているわけで、つまり、かんばんだのなんだのといったことは手段に過ぎない、それでは目的は何か?というと

トヨタ生産方式の狙いは2つある。
1つは、とにかく「利益を出す」こと、もう1つは「改善力ある人づくり」である。

ということになって、いきなりおはなしは単純になる。この狙いを実現する手段としてかんばんだのなんだのが必要なら使うが、必要でなければ使わない、中小メーカーでは必要ないから使わないことこそが真のトヨタ生産方式なのである、というのだけれど、そうなのかな?
それで、実際のレクチャーが第2章からはじまるのだけれど、それが「具体的な目標を立てる」というタイトルで、つまり、具体的目標、しかも無理気味の目標を立てて死に物狂いで挑戦することでムダを排する改善が実現するのだ、という筋書き。

1日改善会では背水の陣を敷き、その日に決めた目標を徹夜してもやりぬく。
与えられた課題を1日で達成させる改善会である。・・・
例えば、A機械の段取時間が1時間だったらこれを30分にする段取時間の短縮の例で説明しよう。実践を通して感ずるのは、1時間を40分にするまでは比較的容易であるが、ここから次第に時間短縮するのが難しくなってくる。最後の31分を30分にするのが一番難しい。この最後の1分のために知恵を絞りこむ。
常識を破る発想は、このような最後の詰めに出る場合が多い。私は、この瞬間は無意識のうちに左脳が右脳機能に転換するのではないかと考える。

えらいことである。
トヨタ生産方式って、そういうことだったっけ?と不安になるが、まぁしかし案外そういうものなのかもしれず、昨日読んだ本(その本の著者は、トヨタ生産方式の発案者の右腕の息子、入社時の保証人は現トヨタ社長、で、「生産調査部」にいた経歴の人、というわけで正統により近いわけだが)(http://d.hatena.ne.jp/k-i-t/20161215#p1)はむしろ珍しいほうで、まぁそれ以外に読んだのはだいたい、ケチケチとムダを排除し、「省力化ならぬ省人化」といって人間をコスト扱いした挙句にリストラを進め、人づくりと称して小うるさく偉そうに説教する、わりに「システムが具体的にどうカイゼンされるか」はあんまし伝わってこないような本が多かったのはたしかである。まぁ、どれが正統でどれが異端で、どれがバチカンプロテスタントで隠れ切支丹のマリア観音の「ぐるりよざ」なんだか、よくわからないけれど。