それでBGMがWinkのベストアルバムだというのは倒錯が過ぎるかしらん。

MEMORIES 88?96

MEMORIES 88?96

このアルバムはしかし、一聴に値するわけです。
WINK MEMORIES 1988-1996」というけれど、じっさいにヒットチャートに顔を出していたのは最初の年の4曲のヒットだけで、そのあとの8年間はずっといまひとつだった。
だから、こういうクロノロジカルなベスト盤を聴くと、特に後半にかけて、なんともいえない諦念が全体を支配しているのが、なんともしびれる。ちょうど、バブル期のあとに長く不況がつづいたのと平行して、ユーロビートのカバーでデビューしたWinkが、怪しげなロックやレゲエやフェミニズム昭和歌謡や・・・の間を迷走しながら、結局、WinkWinkでしかない、という諦念。
しかし、結局のところWinkのテイストというのは、ユーロビートのカバーをしていた当初から一貫して、なんともいえない諦念だったわけで、だからこそこのアルバムはいかにもWinkらしい。
結局、翔子ちゃんのほうは明石家さんまに見出されて?バラエティータレントとして生き残ったが、さっちんのほうはほとんどいなくなってしまった。しかし、Winkの楽曲のテイストのカギは、さっちんのほうの歌(のびみょうさ)と存在感(のおかしさ)にあると思っている。鈴木早智子という人の、なんともいえないリズム感のなさ、音程のアヤシさ、声量のなさ、無表情さ、といったものが、Winkのテイストそのものになっているのだと思う。さっちんの平板な歌が、翔子ちゃんの相対的に器用な歌とびみょうにからみあいながら、ユーロ系のトラックの上で揺らぐ、というのは、ほとんど、レニー・トリスターノクインテットリー・コニッツとウォーン・マーシュが吹くのを聴いているような倒錯した快感がある、と思う。

さっちんに関して言えば、黒沢清が『勝手にしやがれ!!成金計画』に登用(でもないか、はんぶんいじょう押し付けられたのだろうけど)して、奇妙な存在感を引き出している。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD28201/index.html

で、このアルバム、中古CD店で安価で手に入る。

ちなみにもっとハードコアな退廃感を味わおうと思ったらですね、
バナナラマの「Love In The First Degree」のカバーが素晴らしいです。中古店で二束三文で買えるアルバム『At Heel Diamonds』所収。
サビの部分に入るときの転調がむりやりで、ガクっときて首の骨が折れそうになります。
たぶん、原曲のとおりに歌おうと思ったらキーが高くて歌えないからだと思うのだけれど。