発売日に買うのが心意気。『新潮』新年号に蓮實重彦「『ボヴァリー夫人』論」のはじめんところが掲載。

新潮 2014年 01月号 [雑誌]

新潮 2014年 01月号 [雑誌]

本としては来春刊行予定だそうだ。序章と第一章が掲載されている。第二章は「懇願と報酬」という章題が予告されていて、これは同じタイトルの論文が以前出ていて読んだ覚えがある。第六章「塵埃と頭髪」というのは、たぶん著者が卒論だか修論だかのときに最初に引っかかったテーマだとかどっかで言ってたはず。
ついでにいうと、「付置」っていう語が「細部の付置とその組織化」みたいな使い方で二回ぐらい?登場するけど(164とか166とか)、「布置」じゃないかなあと思う。まぁ雑誌に掲載されたテクストと書物として刊行されるテクストとのあいだの異同そのものが、この文章のテーマにもなっているわけで、つまり書物一般についていうならいかなる書物も完成の瞬間など持ちうるはずもないわけなので「終わり」などないのだからつまり、もし「付置」が「布置」のつもりで書いてあったんやったら校正しはるやろうと思う。

どうでもいいけど、確認のために辞書にあたると、

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/193252/m0u/
ふ‐ち【布置】 [名](スル)物を適当な所に置き並べること。配置。「庭石を―する」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/193251/m0u/
ふ‐ち【付置/附置】 [名](スル)あるものに付属させて設置すること。「大学に病院を―する」

となっているわけだけれど、筆耕ならぬ蓮實家のワープロが、「大学に病院を―する」みたいな文書をたくさん書かされたことを文字変換履歴として記憶していたために、ボヴァリー夫人論のほうでも思わずそっちのほうが出てきてしまったのじゃないか、と想像すると、なんか、ふと涙を誘われなくもない。という冗談を思いついた。