蓮實『魅せられて』、作家論っていうよか作品論、じゃん。

さーっと読んだんだけれど、個々の論考に関しては、それが論じている作品をほとんどずっと前に読んでたり読んでなかったりなんで、まぁ蓮實節だなあと思ってそれなりに心地よく読む以上のことはないのだけれど、買う前から気になっていて読んだあとも気になるのは、これ作家論じゃなくて作品論というのでは、ということで、まぁ、文学の専門家たるもの、作品論と作家論を区別したりしないのだ、というのであれば(?)門外漢がもんくをいうことでもないし、まぁべつにそこまでこだわる気もないのだけれど、しかし、副題で作家論といちおう明記してあるわりに、内容は、個別的な作品についての、たとえば文庫本の解説とかが並んでいるので、うーん、たとえば、蓮實重彦によるまとまった金井美恵子論を期待したりしたのが、ちょっとあてがはずれたというのは、たしかなのだ。
蓮實ファンとしては、「なになに的存在」みたいのが登場するような作家論って、もうやめてしまったのかなあ、と思うわけで、『「私小説」を読む』でもいいし、『夏目漱石論』『大江健三郎論』でもいいし、『監督小津安二郎』ちうのが映画についてはあったわけで、そうすると、けっきょく、作家論というと、フローベール論とジョン・フォード論を早くまとめてくんないかなあ、ということになるのか。