クローズアップ2005:全国学力テスト 40年ぶり復活「なぜ」

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20050903ddm003010035000c.html

07年度から小学校6年生と中学校3年生の計240万人を対象に、全国学力テストが行われることになった。「過度の競争をあおる」「学校の序列化を招く」と批判を浴び、廃止されて約40年。なぜ、いま復活するのか−−。小泉政権三位一体改革の影もちらつく内情と現場の受け止め方を探った。【千代崎聖史】

 ◇主導権取りたい文科省

 ★三位一体改革の影

 文部科学省の構想によれば、復活する学力テストは07年度から国語と算数(数学)の2教科を実施する。時期は1学期。参加するかどうかは市町村教委の判断というが、事実上は「悉皆(しっかい)」(行政用語で、全員対象の意味)だ。

 そもそも、今回の構想は昨年11月、就任間もない中山成彬文科相が「もう少し競い合う心が必要だ」などと述べ、意欲を示したのがきっかけだ。学力低下への懸念から「ゆとり教育」の見直しを示唆するものとも見られた。しかし、この中山発言は国と地方の税財政を見直す「三位一体の改革」で、文科省が義務教育費国庫負担金の削減を迫られていた時期とも符合する。「義務教育改革への意思を強く打ち出すことで、国庫負担金制度を維持したいとの思惑があった」との見方が強い。

 一方、現在独自の学力テストを実施している自治体は多い。04年度には50教委(39都道府県・11政令市)で実施され、うち悉皆によるテストは31教委。地方が独自性を打ち出す中で、義務教育費をめぐる国と地方の綱引きは激しくなっている。この時期、あえて国が復活にこだわる背景にはこうした事情がある。

 「地方ができないことを国がやるというのが分権の発想だ。地方がすでに学力テストを実施している時代に、国がコストをかけてやる意味が見えない。競争原理を現場に持ち込むコンセンサスが省内にあるとも思えない」。文科省幹部は複雑な省内事情を示唆して、困った顔を見せた。

 ★日教組の弱体化

 全国学力テストは、56年度に小6と中3を対象に4〜5%の抽出方式で始まった。61年度から中2、中3の全員を対象とする一斉テストとなったが、一部で試験当日に成績の良くない子どもを休ませるなど、学校・自治体が結果を競い合う学力コンテストの意味合いが強くなったとして批判され、66年度に廃止された。

 当時、学力テストを廃止に追い込むのに大きな役割を演じたのは日本教職員組合日教組)だった。「教育内容の国家統制につながる」として全国に反対運動が広がり、闘争による教員の逮捕者は約60人に上った。「悉皆方式は、多様な個性ではなく、テストの点数で子どもを評価する傾向を加速させる。いつか来た道だ」と現日教組幹部は批判する。「保護者は成績の良い学校に子どもをいれようとし、学校選択制が拡大する。そうなれば日本の義務教育は崩れる」

 その日教組の弱体化が、今回の学力テスト復活を止められなかった一因とも言われる。約40年前、旧文部省との間で学力テスト闘争を繰り広げた際の組織率は、62・2%(66年)。現在より30ポイント以上も高かった。

 ◇賛否…一定の基準必要/コンプレックス与える

 8月24日の中央教育審議会義務教育特別部会。一部の委員から、学力テストを悉皆方式で実施することへの異論が相次いだ。銭谷真美・初等中等教育局長は「専門家の意見も踏まえて詰めたい」と述べ、有識者会議を設ける考えを示した。

 現場の受け止め方は、さまざまだ。東京都内のある小学校長は「学力を評価するためのある程度の基準は必要だ。観点別の分析などができれば、指導に有効だ。テスト結果をどう活用するかを考えている」と前向きだ。

 一方、教員歴30年以上のベテラン小学校教員は「子どもたちにコンプレックスを感じさせることになる。競争原理の先にあるものは、できる子は伸ばし、できない子はそのままという構図だ。総合学習をはじめとした新しい学力観と明らかに矛盾する」と批判する。東北地方のある中学校教員は、昨年12月に公表された経済協力開発機構OECD)の学習到達度調査(PISA)でトップだったフィンランドに学ぶべきだと説く。「フィンランドには共通学力テストはない。あるのは、個々の特性に応じた指導と評価を大学まで続けることだけだ。一部の『勝ち組』を作って、その果てに何があるのか」と疑問を呈する。

 ◇教育の多様性に水差す−−藤田英典国際基督教大教授(教育社会学)の話

 すでに多くの自治体で共通学力テストが行われ、教育の成果をテストで評価する傾向が出始めている。悉皆の全国共通テストが行われれば、たとえ結果が公表されなくても学校や地域は点数を上げることに熱を上げ、点数で子どもを測る傾向が強まる。

 学校現場では「ゆとり教育」の理念の下、特色ある学校づくり、多様性を認める教育を進めているが、その努力にも水を差す。学力向上は重要だが、カリキュラムの画一化と学校の一元的な序列化につながる危険性もある。

 ◇学習指導に生かせる−−梶田叡一・兵庫教育大学長(心理学・教育研究)の話

 ゆとり教育にしても総合学習にしても、きちんとしたエビデンス(根拠)に基づく議論がされていないことが教育政策を迷走させる原因だ。悉皆による学力テストを上手に使えば、子どもたちの学習指導に生かせる可能性がある。自分の弱い分野を把握し、補習などにつなげることもできる。

 過度の競争をあおらないよう、結果の公表の仕方に最大限の注意を払うのは当然だが、大学全入時代のいま、40年前と同じ弊害が起きるとは思えない。

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 ◆全国学力テストをめぐる経過◆

1956年 小6、中3を対象に抽出(4〜5%)で実施年ごとに2〜3教科で行う

  57年 高3も対象に加わる

  61年 中2、中3の全員を対象に実施(64年まで) 小6は抽出のまま

  62年 小学校の抽出率を20%に上げる

  65年 中学校も20%に

  66年 この年を最後に打ち切り

  76年 学力テストの正当性を争った旭川学力テスト訴訟で最高裁は「合憲・適法」と判決

  81年 教育課程実施状況調査として小中対象に83年まで抽出(2%)で実施

      ※93〜95年にも同様の規模で実施

  01年 小中高を対象に抽出(7〜9%)で実施

  04年 中山文科相が学力テスト復活を示唆

  05年 小6、中3を対象に07年から実施を決定

毎日新聞 2005年9月3日 東京朝刊