安倍首相が導入を掲げる「教育バウチャー」って何?

http://benesse.jp/blog/20061024/p1.html

安倍首相が導入を掲げる「教育バウチャー」って何?[教育動向] 斎藤剛史
2006/10/24 17:00:00
安倍晋三首相が教育改革の検討課題の一つとして掲げている「教育バウチャー制度」が注目を集めています。10月18日に発足した首相直属の機関である教育再生会議(座長・野依良治理化学研究所理事長)でも今後、教育バウチャー制度の導入が検討されることになりそうです。いったい教育バウチャーとは、どのような制度で、導入されればどのような影響があるのでしょうか。
教育バウチャー制度とは、子どもをもつ家庭にバウチャー(Voucher)という一種の現金引換え券を交付したうえで、保護者や子どもが自由に学校を選択し、学校は集まったバウチャーの数に応じて行政から学校運営費を受け取るという仕組みです。教育バウチャーの実施例では、米国のウィスコンシン州ミルウォーキー市、オハイオ州クリーブランド市、フロリダ州などがありますが、いずれも低所得層や極端に教育環境が悪い学校に通う子どもなどを対象にしたもので、一種の社会格差是正策として導入されています。
これに対して現在の教育バウチャーの論議は、所得などに関係なく一律に子どもをもつ家庭にバウチャーを配布することを前提としているようです。教育バウチャーの利点としては、(1)国公私立学校を問わず適用することで、家庭の授業料負担などの公私格差が解消される (2)国公私立学校を問わず自由に保護者や子どもが学校を選択することができるようになる (3)集まったバウチャーの数に応じて学校運営費が交付されるので、学校はより多くの子どもを集めるため努力し教育の質が上がる……などが挙げられています。教育バウチャー制度は、選択の自由、自由競争による質の向上という規制緩和の考え方が背景にあると言ってよいでしょう。
授業料などの公私格差がなくなり、国公私立の区別なく学校を自由に選べるようになるなど子どもをもつ家庭にとって、教育バウチャーは魅力的な面を多くもっています。ただし、一部の人気校だけに予算が集中し学校間の格差が拡大する、保護者や子どもに迎合する学校が増えて逆に教育が荒廃する、地理的に学校選択が困難な地方部と自由に学校選択できる都市部の教育格差が広がるなどのデメリットも指摘されており、文部科学省教育バウチャー制度の導入に慎重な姿勢を示しています。政府与党である自民党のなかでは、積極的推進派の議員もいれば、反対派の議員もおり、意見はまとまっていないようです。
いずれにしろ、一つの制度にはメリットとデメリットの両方があります。教育バウチャー制度の導入が、現在の学校にとって得か損かではなく、保護者や子どもにどんなメリットがあるのか、デメリットがあるとすればそれは克服可能なのか、という視点で教育再生会議には議論してほしいものです。また、全国一律での導入が難しければ、通学のための交通網が整備されていて公私立問わず学校選択が可能な都市部において、地方自治体の判断で導入できるようにするというのも方法の一つでしょう。


べつの説明。(財)自治体国際化協会のサイトより。
http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/jimusyo/151NY/INDEX.HTM

はじめに
 アメリカでは、ブッシュ大統領が選挙時から公約として掲げていた教育改革は、包括的教育法案として議会を通過し今年1月に成立した。
 その内容は、(1)連邦政府補助金の使途について、州や各地区の裁量範囲を拡大する。(2)州政府に、3年生から8年生までの「読み書き」および「数学」の統一テストの実施を義務づける。(3)各学校にはテストの成績の目標が示され、基準に達しない学校には連邦政府から補助金が出されるが、それでも改善されない場合は、その学校の生徒は公費で別の公立学校に転校させることを認める。また、十分な改善が4年続けて見られない学校の教職員とカリキュラムを変更することを認める。――などである。
 地域、人種間の学力格差が問題視される中、貧しい家庭の子どもを多く抱える大都市を中心に連邦の補助金を厚く支給し、学校運営の自由を保障したうえで、教育関係者の結果責任を問う内容となっている。
 一方、ブッシュ大統領は議会の抵抗に遭い、この法案を通すため、大きな柱のひとつであった「教育バウチャー制度」の導入を見送らざるを得なかった。
  今回は、この「教育バウチャー制度」について簡単に説明したいと思う。
 
教育バウチャーとは
 教育バウチャー(Education Voucher)とは、政府が父母に対して私立学校の授業料に充当できる一定額の現金引換券(バウチャー)を支給することにより、私立学校選択を支援するとともに、公立学校と私立学校との間に競争原理を働かせ、公立学校改善を促そうとする制度である。つまり、生徒を奪われたくない公立学校は自主的に教育環境を整えざるを得ないことになる。
 教育バウチャーの起源は、経済学者フリードマンが1962年に著した「資本主義と自由」にさかのぼることができる。フリードマンは両親に公立学校の教育費と等しい額面のバウチャーが政府から支給されれば、このバウチャーは子どもが入学した公立・私立の学校教育費に充当されるため、両親は子どもを希望する学校へ転校させることによって、転校前の学校に不満を表明することができるとした。
 政府によって換金されるバウチャーのもと、生徒獲得のため、その要望を満たす多様な学校が設立され、学校間の競争が起こり、教育の質向上が促されると考えた。この場合の政府の役割は、学校が一定基準を満たすことを保証することに限定される。
 
教育バウチャー制度の事例
 教育バウチャー制度は現在、ウィスコンシン州ミルウォーキー市、オハイオ州クリーブランド市、フロリダ州で導入されている。
1  ウィスコンシン州ミルウォーキー
 1990年にウィスコンシン州が創設したもので、家庭の所得が公的困窮レベルの1.75倍(4人世帯で年間3万193ドル)以下の幼稚園児から高校3年生までを対象に、生徒1人につき5553ドルを上限にバウチャーを支給している。現在、対象生徒数は約9600人である。
2  オハイオ州クリーブランド
 1996年にオハイオ州が創設したもので、家庭の所得が公的困窮レベルの2倍(4人世帯で年間3万5330ドル)以下の幼稚園児から中学2年生までを対象に、生徒1人につき2250ドルを上限に支給している。現在、対象生徒数は約4300人であり、もともと私立学校に在籍する生徒も対象としている。
3  フロリダ州
 1999年に創設され、州規模で実施されるものとしては初めてのものである。同州の全公立学校に対し5段階評価が行われ、落第の評価を4年間のうち2年受けた公立学校に通う生徒に対し、生徒1人につき3472ドルを上限にバウチャーを支給している。現在、対象生徒数は約130人である。
 
教育バウチャー制度の論点
1  政教分離違反
 バウチャーが宗教系私立学校に使用される場合には、合衆国憲法修正第1条が禁止する「国教の樹立(政府の宗教介入)」にあたるとして、現在裁判で係争中である。特にクリーブランド市の場合、生徒1人に支給される額があまりに少なく、一般の私立学校や郊外の公立学校に通うことができないため、結局、受給者の大半がカトリック系の私立学校に通っているのが現状である。また、クリーブランドの場合、従来から宗教系の学校に通っている生徒もバウチャー支給の対象となっており、結果的には宗教団体に対する間接的な公金支出にあたると反対派は指摘している。
*本件に関する判例は、以下のとおりであるが、最終的な確定には至っていない。
 ミルウォーキー市では1998年6月の州最高裁判決で合憲とされ、同年に連邦最高裁は上訴を棄却(門前払い)としたので、合法的な制度として存続。フロリダ州では、2000年10月の州高等裁判所判決で、州憲法の教育条項には違反しないとバウチャーを認めたが、憲法の国教条項については判断を下さず、1 審に差し戻している。フロリダ州のケースでは、まだ連邦裁判所の判断は示されていない。クリーブランド市では、2000年12月、連邦高等裁判所判決が国教条項違反で、違憲判決を下した。
2  コスト負担
 私立学校にも公的財源を与えるということは、公立学校へ向けられるべき財源の希薄化を招くことになる。公立学校生徒が私立学校へ転出しても、公立学校の運営経費はそれに比例して減少しないので、公立学校に取り残された子どもの教育環境を悪化させることになる。また、バウチャー制度創設・運営自体に行政経費がかかる。今回、ブッシュの支持するバウチャー制度に議会側が懸念を示した大きな理由は、制度導入に伴う教育費の増加であった。
3  教育成果
 バウチャー制度導入により、生徒の出席率と両親の満足度の向上は報告されているが、バウチャー制度が生徒の学力到達度を改善するためのプログラムとして、決定的な決め手になる証拠はまだ示されていない。これについては推進派、反対派、双方が調査を行っているが、信頼できるデータが不足しているのが現状である。また、公立学校に残された生徒への影響について信頼できる研究もまだない。このことは成果測定の困難さを示すとともに、バウチャー賛否両陣営の論争をあおる原因となっている。

おわりに
 クリーブランド市の教育バウチャー制度に関する連邦最高裁判所の判決が、本年6月に出る見通しとなっている。ブッシュ大統領教育バウチャー制度の提案を取り下げたことにより、一時ほどの勢いはなくなっているが、判決いかんによっては推進派が息を吹き返すこともありえる。
 アメリカではこれまで生徒の学力向上のために様々な取組みがなされてきたが、いずれも著しい効果をあげるには至らなかった。日本でも「教育改革」が叫ばれる中、今後、バウチャー制度がどうなるにしても、アメリカの教育改革の行方は注目に値する。
  ニューヨーク事務所所長補佐 荒木敬輔


文部科学省「教育バウチャーに関する研究会」
教育バウチャーに関する研究会:文部科学省