河合幹雄「治安が「あぶない」は「あぶない」」

webマガジン上のコラム。
殺人とかの死亡者数と、そのたの死亡者数をたんじゅんに比較すると、
「治安が悪くなった」という印象が錯覚だってこと、不安ばかりが増大していることがわかる、
みたいなはなし。
http://web-en.com/column/0512/main.cfm

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厚生労働省によると、2003年、一年間日本全国での総死者数は、101万余りにのぼる。そのうち、病気老衰等の内因で亡くなられたケース以外を外因によるものとしている。外因には、「不慮の事故」「自殺」「他殺」が含まれる。外因による死者数は、2003年、日本全国で7万5638人であった。このなかで他殺は、たったの705人で、なんと1%にも満たない。他方で、自殺は、3万2千余りもある。百歩譲って「自殺は本人の責任である」という意見を考慮して除外しても、交通事故死者数、1万0913人と比較して、他殺は、その6.4%にしかならない。交通事故は、不慮の事故の最大カテゴリーであるが、その他の不慮の事故についても見ておく。不慮の事故全体は3万8714人、交通事故を除くと、残りは2万7801人である。このうち、1万1290人の死亡場所は家(家庭)である。家庭内事故の内訳は、風呂場で2936人、のどを詰まらせて2432人、転倒・転落で2186人等である。家にいるときが最も安全であり安心できる場所であると感じるのが常識であろうが、実態は全く逆の結果である。場所として、最も危険な風呂場にこそ監視カメラをつけてみんなに見てもらったらどうかという冗談が生まれるほどである。推察するに、ひとり暮らしの高齢者の存在との関連が深く、この方面での対策こそ重要と思われる。
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殺人既遂事件の過半数核家族内で起きている。つまり、社会的カテゴリーとしては、心中が中心である。なかでも子殺しが一番である。むろん、いわゆる「間引き」が約30、児童虐待も約30含まれる。親殺しには、60歳の娘が90歳の母を介護していたが、自分が健康を崩して悲観した。あるいは、逆に60歳を超えた母が、障害を持つ子供を、もう世話することができないとして殺害もある。統計上は、見知らぬ他人の被害者も一割あるが、これには、夫の不倫相手を妻が殺害等も含まれる。人が生まれるのも家族なら、殺しも、ほとんど家族問題である。
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殺人と聞けば、凶悪な殺人鬼が無垢な被害者を殺すことを考えるとすれば、そのようなケースは極めて少ない。強盗の場合でも、殺しまでいく場合には、恨みの犯行もかなり含まれ、家族の場合も含まれる。自分の家族に問題がなく、ヤクザとのかかわりもない、つまり、自分の側に、原因がなく、純粋に突然事件に巻き込まれるのは、通り魔事件の数件と強盗がらみの二、三十件のみであろう。なお、恨みと金目当て以外の殺人事件には、いわゆる異常者によるものが考えられる。心神喪失心神耗弱が認められた殺人事件は年間約120件あるが、多くは覚醒剤によるもので、ほとんどが未遂事件であると推察できる。
この年間数件や二、三十件といったレベルがどの程度のことなのかを理解するために、再び、死因の統計を見てみよう。それによると、「スズメバチ、ジガバチ及びミツバチとの接触」つまりハチに刺されたことにより2003年に27人死亡している。「ネズミと犬以外の哺乳類による咬傷又は打撲」つまりクマなどに襲われた場合、15人、毒ヘビによって8人となっている。これでもって、人間である通り魔は、動物たちより安全であったということが主張したいわけではない。日本でクマや毒ヘビにやられる確率と比較して、どれほど、通り魔事件が滅多にないことであるかを自覚してほしい。その年に数回しかない事件を、大きく報道し続けて、治安悪化の印象を与えてきたことをマスコミは反省すべきであろう。安全対策論としては、先にハチからはじめるべきであろう。
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この比較のやり方のたんじゅんさが面白いところですな。

安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学

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学生さんたちは父上の本のほうを読みたがってありがたがりたがるのだけれど、令息の単純でありがたみのない本のほうを読ませたいなあ。