「「フンボルト理念」とは神話だったのか?-自己理解の“進歩”と“後退”」潮木守一(桜美林大学大学院招聘教授)『アルカディア学報』(教育学術新聞掲載コラム)No.246

潮木先生かっけえなあ。
http://www.shidaikyo.or.jp/riihe/research/arcadia/0246.html

研究の世界では、しばしば「通説転覆」「通説否定」が起こる。これまで多くの人々が信じていた通説が、ある日、突如として誰かによって覆される。これほどエキサイティングなことはない。研究の世界の魅力はここにある。
 現在、世界中の国で使われている大学史の標準教科書は、次のように説いている。
 「近代大学の出発点は1810年に創設されたベルリン大学である。この大学の基本構想を作ったのは、ヴィルヘルム・フォン・フンボルトであり、近代大学はこのフンボルト理念から始まった。フンボルト理念の中核は研究中心主義にある。つまり、大学は教育の場である以上に研究の場であるという考え方は、このフンボルトから始まった。これがドイツばかりでなく、世界の大学を変えた。」
 ところが2001年、シルヴィア・パレチェク(当時、チュービンゲン大学。現在、フライブルク大学教授)は1つの論文を発表して、こうした歴史記述は史実に合わない。フンボルト理念も、ベルリン・モデルも、はるか後になって創作された「神話」にすぎないと結論づけた。つまり、フンボルト理念の指導のもとにベルリン大学の近代化が始まり、それが19世紀全般をかけてドイツ各地の大学に影響を与え、やがて19世紀から20世紀への転換期には世界各地の大学に影響を与えたとするのは、歴史的に証拠づけられていない記述だという。
 パレチェクの立論の中核部分は、フンボルトという存在は1903年までは世間では知られていなかった。彼が書いた大学についての構想は100年ほど倉庫の中で眠っていた。だから少なくともそれ以前は「フンボルト理念」といった言葉はなかったはずである。その証拠に19世紀に刊行された法律辞典、百科事典を調べても、「フンボルト理念」という言葉は一度も出てこない。また、ベルリン大学が他の大学に先駆けて研究中心主義を採用したという証拠は見つからないとパレチェクは論じている。
・・・
もし、パレチェクの説が正しいとすると、やがて世界中の大学史の教科書が書き直されることになるが、はたしてそうなるか。パレチェクからのメールによると、若い世代の研究者が幾人か支持してくれているが、まだ全面的に受け入れられた段階ではないという。「フンボルト理念」「ベルリン・モデル」という神話がベルリン大学創設100周年記念を契機として作られたとすれば、来る2010年の創設200周年記念にはどのような「神話」が登場するだろうか。「フンボルトよ、さようなら」という論は、現在、世界各地で語られているが、果たして創設200周年記念は「フンボルト理念」に死亡宣告を下すことになるのだろうか。もしそうだとしたら、それは「フンボルト理念」にとっては2回目の死亡宣告となる。1910年、ベルリン大学創設100周年記念の席上、当時のドイツ皇帝は「フンボルト理念」とはまったく逆の「研究と教育の分離」を主張した。本来ならば「フンボルト理念」の栄光をたたえるべきその瞬間に、すでに「フンボルト理念」は死亡宣告を受けていた。これほど、われわれの歴史はパラドックスに満ちている。われわれの自己理解は進んでいるのか、それとも後退しているのであろうか。


以前もここに貼り付けた『アルカディア学報』のエッセイ。
http://d.hatena.ne.jp/k-i-t/20070128#p1
http://www.shidaikyo.or.jp/riihe/research/index.html
かりに、2006年度以降の見出しをはりつけておきます。

No. 見出し 著者 教育学術新聞掲載号
283 細分化する「学問」 学位に付記される専攻分野の名称 森  利枝 2274号 (2007.5.23)
282 「無理をする家計」と学生支援 経済的支援の一層の充実を 岩田 弘三 2273号 (2007.5.16)
281 ポルトガルの大学改革 拡大する高等教育人口への対応 丸山 文裕 2272号 (2007.5.9)
280 学士課程プログラムの開発 クリティカル・シンキングの力を育成するには 杉谷祐美子 2271号 (2007.4.25)
279 ラーニング・アウトカムズ 学士課程教育再生構築の新たな観点 川嶋太津夫 2270号 (2007.4.18)
278 学内のデータ収集急げ IRの重要性と専門職の養成 山田 礼子 2269号 (2007.4.11)
277 私学のファンディング・システム 基本論の整理を 瀧澤 博三 2267号 (2007.3.28)
276 "知の共同体"から"知の経営体"へ 国大法人化は何をもたらしたのか 島  一則 2266号 (2007.3.14)
275 大手前大学のカリキュラム改革 ユニット自由選択制の導入 福井  有 2265号 (2007.3.7)
274 長期計画の策定と推進体制 戦略経営の確立に向けて 篠田 道夫 2264号 (2007.2.28)
273 教育費負担と学生支援 海外調査と国際会議から 小林 雅之 2263号 (2007.2.21)
272 Choosing Right Students 「選ぶ位置取り」と大学の変容 田中 義郎 2262号 (2007.2.14)
271 フィンランドの高等教育 タンペレ大学 アレバラ氏の発表から 丸山 文裕 2261号 (2007.2.7)
270 アジアの大学が躍進 タイムズ紙ランキングより 馬越  徹 2260号 (2007.1.24)
269 教育基本法の改正と大学の理念 諸制度の建て直しを 瀧澤 博三 2259号 (2007.1.17)
268 アジア次元の私学高等教育研究 国際ワークショップを開催して 米澤 彰純 2258号 (2007.1.10)
267 株式会社の大学経営参入 公共性のダブル・スタンダード 瀧澤 博三 2256号 (2006.12.13)
266 国際機関での教育論議 高等教育版の学力比較は慎重に 佐藤 禎一 2255号 (2006.12.6)
265 キャリア教育を巡る議論と課題 第30回公開研究会より 白川 優治 2254号 (2006.11.22)
264 政策の全学浸透による改革 訪問調査の事例から 篠田 道夫 2253号 (2006.11.8)
263 認証評価の現在とこれから インタビュー調査を通じて 羽田 貴史 2252号 (2006.11.1)
262 ファンディング・システムの確立 急がれるその体系化 市川 昭午 2251号 (2006.10.25)
261 規制改革化した高等教育政策 本筋の議論への回帰を 〈規制改革の目標と教育 改革の目標〉 瀧澤 博三 2250号 (2006.10.18)
260 動き始めた女性研究者支援策 日本学術振興会の実践 小野 元之 2249号 (2006.10.11)
259 進学率の再上昇と大学の役割変化 国民すべての知識基盤目指す 山本 眞一 2248号 (2006.10.4)
258 大学と産業社会の新しい相関関係 国立教育政策研の研究成果から 塚原 修一 2247号 (2006.9.27)
257 私大の定員割れとファンディング 教育支援型財務の確立を 浦田 広朗 2246号 (2006.9.20)
256 大学評価について学生と考える 3年間の講義経験を通して 米澤 彰純 2245号 (2006.9.13)
255 一年次教育の意義と課題 第29回公開研究会の議論から 森 利枝 2244号 (2006.9.6)
254 教育の質保証と戦略的経営 教授テシムス学専攻の試み 大森 不二雄 2243号 (2006.8.23)
253 外国人学生の募集戦略 ボストン私大の連携協力 井下 理 2242号 (2006.8.9)
252 営利型大学の質保証 カリフォルニアの事例から 羽田 積男 2241号 (2006.8.2)
251 大学の底力-大学図書館アーカイブス 村上 義紀 2240号 (2006.7.26)
250 認証評価はどこへ行くか-基本は自己点検評価 瀧澤 博三 2239号 (2006.7.19)
249 リベラルアーツvsプロフェッショナルアーツ のディベートを超えて-大学教育における分化と統合 田中 義郎 2238号 (2006.7.12)
248 英国の授業料・奨学金制度の動向-問われる改革の具体化 小林 雅之 2237号 (2006.7.5)
247 健康・医療専門学位の変化-米国における職業参入資格の上昇 森 利枝 2236号 (2006.6.28)
246 「フンボルト理念」とは神話だったのか?-自己理解の“進歩”と“後退” 潮木 守一 2235号 (2006.6.21)
245 大学改革と規制改革(その2)―第28回公開研究会の議論から 瀧澤 博三 2232号 (2006.6.14)
244 英国大学のガバナンス―大学議長会議の取組 村田 直樹 2231号 (2006.6.7)
243 教育到達目標の設定と実証―英国大学のキャリア支援 濱名 篤 2230号 (2006.5.24)
242 学生の雇用可能性を開発―英国大学のキャリア教育 川嶋太津夫 2229号 (2006.5.17)
241 私学経営の「現在」と「これから」―第27回公開研究会の議論から 沖 清豪 2228号 (2006.5.10)
240 スウェーデンの高等教育改革―法人化せずに遂行 丸山 文裕 2227号 (2006.4.26)
239 私学経営改革の課題―戦略の策定とその推進 篠田 道夫 2226号 (2006.4.19)
238 カリフォルニアの共通一般教育―編入学の実際とその特徴 山田 礼子 2225号 (2006.4.12)
237 米国キャリア教育の現状と展望―ポール・ゴア博士から学んだこと 川嶋太津夫 2224号 (2006.3.22)
236 ガバナンスとミッション―公共性維持のメカニズム 瀧澤 博三 2223号 (2006.3.8)
235 国立大学で今何が起きているか―現状と今後の方向性 本間 政雄 2222号 (2006.3.1)
234 遊び文化と学生支援―アルバイトがもつ意味 岩田 弘三 2221号 (2006.2.22)
233 大学生の教育効果―JCSSの開発によせて 杉谷祐美子 2220号 (2006.2.15)
232 学生の異議への対処―英国OIA創設の背景 沖 清豪 2219号 (2006.2.08)
231 国立大学で今何が起きているか―現状と今後の方向性 本間 政雄 2218号 (2006.2.1)
230 ”大学教師は魅力ある職業ですか?” 矢野 眞和 2217号 (2006.1.25)
229 正しい高等教育情報―鏡に映る日本の高等教育 羽田 貴史 2216号 (2006.1.18)
228 公共性の危機は私学の危機―公共性と建学の精神 瀧澤 博三 2215号 (2006.1.11)

おもしろそうでしょう。