闘論:全国学力テストの是非 藤田英典氏/金子郁容氏

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20051226ddm003070092000c.html

文部科学省は07年度から全国学力テストを実施する。小6と中3の全員が対象の悉皆(しっかい)方式で、科目は国語と算数(数学)。学力テストは56年度に全国の小6と中3の4〜5%を抽出して始まり、61年から悉皆方式に。過当競争などが問題になり、66年度に廃止された。約40年ぶりの復活を前に、意義や弊害を聞いた。(題字は書家・貞政少登氏)
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 ◇学校間格差の増大も 抽出調査の方が正確−−国際基督教大教授・藤田英典
 学力テストを全国の小6、中3全員に受けさせる悉皆調査はデメリットがあまりに大きく、メリットはないに等しい。文科省は07年度の実施を目指し、06年度に準備だけで43億円を予算要求している。税金をドブへ捨てるようなものだ。
 これだけお金をかけるのだから、結果を各教委や学校、保護者に知らせるべきだという意見が出る。知らせれば、地域や学校の序列、格差が鮮明になる。いま広がりつつある学校自由選択制の要求が強まり、自由選択にすれば成績のいい学校に希望が集中し、悪い学校は生徒集めに苦労する。市場主義が吹き荒れ、教育は荒廃するだろう。
 それだけではない。学校は美術、音楽、保健体育なども教え、部活動ともあいまって、バランスの取れた教育を目指している。悉皆調査導入で教師はテスト学力に力点を置き、子どもたちは主要教科の点数を競い合うようになり、教育を大きくゆがめるのは確実だ。
 東京都区部をはじめ悉皆調査を実施している地域では「悪者探し」も起きている。平均点を下げた元凶はどのクラス、どの子なのか、と。教室にプレッシャーや差別が持ち込まれる。地元政治家や有力PTAも「点数を上げろ」と学校や教員に圧力をかけかねない。点数が悪ければ特色ある学校づくりの取り組みは見直しを余儀なくされ、詰め込み圧力が高まる。
 子どもの学習到達度を測る調査(学力テスト)自体は、私も必要だと思う。全国から対象者を無作為に選ぶ現行の抽出調査の一体どこに不都合があるのか。
 むしろ、抽出調査の方が正確で信頼できるデータが得られるだろう。悉皆調査では多くの学校がテスト対策に走りかねない。その度合いや優劣がデータをゆがめる。不正も生まれかねない。それは過去の、悉皆方式で実施した学力テストで経験済みではないのか。
 テスト結果を学習や進路指導に役立てるというのもナンセンスだ。今や多くの自治体が共通学力テストを実施している。業者テストもあり、精度は高い。
 子どもの個性や能力は多様で、評価の尺度も多くあっていい。学力テストに注目が集まり、地域や学校、教員、保護者、子どもがその結果に振り回されるのは教育的と言えるだろうか。【構成・井上英介】
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 ◇個々の課題、見つかる 記述式問題も加えて−−慶応義塾大教授・金子郁容
 日本の教育はこれまで「やりっ放し」だった。教育の効果が測りにくいことは確かだが、測れる部分はたくさんある。学校現場で成果が出ているかどうか、全く測らないで学校に任せる、ないしは議論だけするのはよくない。成果を測る一方法として統一学力テストがあるのはよいことだ。
 私が教育分野の主査を務め、8県の知事が参加する「地方分権研究会」では昨年度から、岩手、宮城、和歌山、福岡の4県で共通の統一学力テストを行っている。小5、中2で福岡の一部を除き、全員を対象にする悉皆方式で実施し、昨年の県別データを公表している。実験的にデータ解析をしているが、相対的に点数が低い子どもは、長い文章の問題に対して無答率が高いことが分かった。
 悉皆方式なら、このようにクラスの子ども一人一人について、どの問題で引っかかっているのか分かり、指導に役立つはずだ。国の政策が正しいかどうかを見るにはサンプル(抽出方式)でいいが、さまざまな政策を評価し、授業を改善し、子どもたちのつまずきをできるだけ早く把握するには悉皆でのテストが必要だ。
 データをどう使い、どう公表するかについては、国が一方的に決めるのではなく、当事者が決めるようにすべきだと、地方分権研究会から文科省に意見を述べている。県なり市町村ごとにどういうふうに扱うか決めるのが大事。私はイギリスみたいに学校ごとに結果をホームページに出すことが必要とは思っていない。
 人間はやはりランキングが好き。悉皆でやると、地価みたいにずらっと並ぶことになるが、教育界はそれに負けない気概が必要だ。学校は企業じゃない。数値ですべてが決まるわけではない。ただし、教員や保護者が共通の情報共有をするためには、ある程度客観的な調査をすることが大事だと思う。悉皆調査をやることだけが大事だとは思っていないが、当然やるべき一つだと思っている。
 最近の子どもは選択することに慣れているので、選択式だけ、マークシートだけではあまり意味がない。ある程度書かせる記述式、理由を書かせる論述式の問題が必ず入っていないとまずい。ただ、問題を作るのは大変。採点にコストもかかるが、かける価値はある。【構成・長尾真輔】

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 ■人物略歴
 ◇ふじた・ひでのり
 スタンフォード大大学院卒。東京大教育学部長を経て、中央教育審議会委員。61歳。
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 ■人物略歴
 ◇かねこ・いくよう
 慶応義塾大工学部卒。一橋大教授などを経て94年から現職。長野県教育委員。57歳。
毎日新聞 2005年12月26日 東京朝刊