通勤電車で読む『シェフたちのコロナ禍』。2020年の4-5月に東京のレストランのシェフたちがそれぞれ何を考えてどう動いていたかの記録。ぐっとくる。

著者の人は食をめぐっていろいろ書いて『dancyu』『食楽』とかで連載もしてるライターの人。で、コロナ禍がはじまった2020年の4月に、これはとにかく取材をしなければと、おもに東京のシェフたちに、1日1人を目標に、緊急インタビューをして、noteでどんどん発表していった、それをとりあえず5月まで、34人のインタビューが現場記録として残り、それに、10月時点での追加インタビューを加えて書籍化し、2021年5月に出たもの。
コロナの緊急事態宣言下で、しかも日々刻々と状況が変わるなかで、それぞれのインタビューは「「TACUBO」田窪大祐さん、4月8日の答。→客数を制限した縮小営業」みたいに題されて、その時点でのそれぞれのシェフたちの判断と、その考えとか事情とか、なんやかんやが書かれている。縮小して営業するよ、とか、二週間ぴたっと店を休んだよ、とか、テイクアウトを始めたよ、とか、いつも通り淡々と営業するよ、とか。で、それはその時の「答え」で、次の日にどう状況が変わり、その時どうなっているかはわからない、ということになってる。じっさいそうだったわけで、しかも、飲食店というのはいちばんむずかしい判断を迫られてたわけである。そんななかで、それぞれのシェフがそれぞれの店の状況をふまえて何を考えてどう判断してどう動いたかというのを読むのは、ぐっとくる。そのあたりは、たとえば大学はこの時期、オンライン授業を模索してなんとか成立させようとじたばたしていたころで、それでもほぼ全国一律、非対面オンラインで授業をやることでこの時期を何とかかんとか乗り切っていたころである。大学は大学でたいへんな思いをしていたけれど、まぁ、学生さんたちと授業を成立させることはできたわけで、商売できないという方向にはならなかった。でまぁ、飲食店はそうはならなかったわけで、お客さんにお店でマスクを外して料理を食べてもらうことがリスクとなったときにどうするか、そして、たとえば国がさっさとロックダウンしてかつ必要なところに応分の補償をしてくれればそれなりに判断はしやすかったかもしれないがそれも遅々として進まなかったことで、ようするに店ごとシェフごとの判断に丸投げされ、忖度をおしつけられたことになるわけである。もう少しいうと、食材とかの仕入れを打ち切ると生産者さんとかが困るわけで、飲食店だけが補償を受けるというのでは成り立たない、飲食の世界というのは生産から流通サービスまで全部がつながって「動いて」いないといけない、それがストップしてしまうという事態に直面して、さあどうする、ということだったんである。で、34人のそれぞれの時点の「答え」はそれぞれなわけで、現場記録として貴重だしぐっときたわけである。ほとんどのインタビューでそれぞれのシェフの考えや判断に、なるほど、と思わされるわけで、まぁあたりまえといえばあたりまえだけど、つまり「夜の街クラスター」みたいなイメージの、コロナを無視してわちゃわちゃとかそういうことは(もちろん)ない(ちらちらっと気になったのは、「空間除菌」という文字列が一箇所みられたぐらい、あとはまぁ、消毒アルコールの匂いがよくないのでヒノキ由来成分のものに、みたいなのは「これはだいじょうぶかな?」と思わなくはなかったのと、まぁ、じゃっかんこのひとの気にしなさはだいじょうぶかな?と気になった人もいたかな? あとはまぁ、じっさいにそれぞれの店の対策がどのぐらいのものだったのかというのは気にはなるけれど)。
でまぁ、ただそれはそれとして、というのもあって、これ、だいたい東京のレストランのシェフということで、食文化とかいろいろそういうはなしにもなっているけれど、そういうのはまぁ東京だから成り立ってるぜいたく品のおはなしだよなあという印象もある。ご近所の常連さんのために、みたいなのも、東京のものすごい上等な住宅地の上等なひとたちなんだなあと思うと、まぁうちには関係ない雲の上のはなしだわ、という気にもなるし、それは仮に郊外でも下町でも似たようなおはなしで、そのあたりは三浦展の「ファスト風土」本で以前読んで深く共感したのだが、テレビや雑誌で紹介される東京の食文化が「ほんもの」で、何にもない地方の人間はその情報をテレビや雑誌で見せられながら、地元の「なんでもない店」でモソモソと何か食べたり、あるいはファミレスで食べたり、あるいは「今東京で話題の〇〇がやってきた」とか「テレビの〇〇で紹介されました!」みたいなものをありがたがって食べたり、するよりないわけなので、そうすると、東京のレストランのシェフに取材して雑誌に書いたりしてるライターの人が作ったこの本は、そういう意味では、「ふーん、でもそれ以前に地方ではそもそもレストランとかシェフとか食文化とかそういうものが成り立ってないわけで、コロナもへったくれもないんですけどお?」という一抹の印象を与えなくもない。まぁでも、それはそれとして、やはり本書がぐっとくるのはたしかなのである。