近所の久々に行った書店で買った『もう一杯だけ飲んで帰ろう。』。

三月某日、さる用件のため出かける。近所だったけれど雨だったので電車で。それでちょうどその少し前に、Google地図で近所の本屋さんをあらためて探していたのは、散歩のたびにいろいろな店が閉店になっているのを見つけては悲しくなってしまうからで、それでいまけっきょく近所はどうなっているのかと。それでGoogle地図だと書店じゃない店が書店で登録されたりしてるようなものあり、けっきょく様子がわからなかったのだけれど、なんとなく近くの駅に書店を発見した。そこで、そんなところに新しくエキナカ書店でもできたのかしらと思っていたのだけれど、さてそういうわけで雨の日に電車で出かけてちょうどその駅で降りることになったので、そうそう、書店を偵察してみるべし、ついでにそこのパン屋さんでおいしいサンドイッチを買って帰るべし、と算段する。で、駅に降り立って構内を歩いたら、驚くべきことに書店はあり、驚くべきことにそれはずっとずっと昔からそこにあって昔はよく立ち寄っていた本屋さんなのだった。いまの下宿に越してきてから足が遠のいていた(たぶん5年前に買った『バカロレア幸福論』(https://k-i-t.hatenablog.com/entry/2019/08/27/201546)をこの店で買ったような覚えがある)とはいえ、すっかり忘れていたことにちょっと驚いたものである。それで久々に店に入って、ちょっと懐かしく棚を眺めて、探していた本はなく、しかし久しぶりの店なのでちょっと何か買おうかしらと、文庫の棚の、食べ物エッセイが並んでいる中から一冊をレジに持って行った。それで店を出るときに自動扉に閉店のお知らせの紙が貼ってあって固まってしまったわけである。
小説家の角田光代とその夫の河野ってひと(ミュージシャンらしい)が、飲み屋さんに行って、それで同じ店のことをそれぞれが短いエッセイにする、という雑誌の連載かなにかを本にしたもの。楽しく飲んで食べて、そして夫婦でおんなじようなかんじでおんなじようなことを書いているので、まぁそういうのが楽しそうだなあと思うわけである。連載はコロナ禍前のことで、だからときどきエッセイの末尾に店の動静(閉店したとか移転したとか)が小さな字で書いてあると、たいへんだったのかなと思うこともある。しかしやはり東京というところにはたくさんの店があって、行きつけの店をつくったり新しい店をみつけたりで毎日楽しく幸せに暮らしていくことがあたりまえにできるところなのだなあという感想も持ったわけである。