通勤電車で読む『まんがでわかるランチェスター理論を経営・営業に活かす方法』『A4一枚で成果を出す!まんがでわかる経営計画の作り方、進め方』。

読みやすかったしよかったけれど両方ともなぜか途中で掃除を推す。

通勤電車でさらっと読んだ『毎日がもっと輝くみんなの文具術』。インスタグラマーの素敵な文具づかいのコツにあこがれてる人向け。

薄くて写真がたくさんのビジュアル本。ときめく文具づかいについて、インスタグラマーの人たちに聞いてビジュアルたっぷりにコツを紹介するみたいなことで、日々おもいついたこととか日記とかイラストとかにスタンプとかシールとかで飾りますみたいな、まぁ、縁がないわーと。

通勤電車で読む『サニーサイドアップの手とり足とりPR』。

これは、「大手PR会社で実際に使われている実践マニュアル」というキャッチがついてて、帯に「PR担当者のための「基本の基本」を一冊で網羅!」とある。まぁそういう内容の本ではあって、広告会社とか企業の広報部とかにはじめて入った人が読む入門書というてい。えーと、たとえば大学の広報部だと、ちょっとズレるところが出てくるかなあとか、たとえば公民館とか社会教育の機関が情報発信をしたりさらに大学教員とかがWEBとかで研究室の情報発信をするみたいなイメージだとまたけっこうズレるなあとかいうことで、でもまぁ一部はイベントなんかやるときの参考にもなるかなあみたいなところもあって、まぁ参考程度というかんじで読了。

『寄り添うツイッター』。キングジム公式の中の人が書いた本。

キングジム、けっこう関連本が面白いので読んだりしてたのだが、また出てたので読んだ。こんどはキングジム公式のツイッター担当者の人が書いた本。広報部に所属してるということで、広報の仕事をいろいろちゃんとやりつつツイッター担当もやっていると。で、ちゃんと堅気の仕事をしている人なので、広報のなかでツイッターの立ち位置みたいなことも書いていて、まぁサクッと読める本だけれど、わるくない。
pomeraを買ってみた。使えるか。 - クリッピングとメモ
『 “オフィスのプロ”だけが知っている キングジム 人も組織もうまくまわりだす超整理術213』読んだ。研究室の整理がしたくなる。 - クリッピングとメモ
出張のおともは『KING JIM ヒット文具を生み続ける独創のセオリー』『歩いて読みとく地域デザイン』『移動図書館ひまわり号』。『ひまわり号』がよかった。 - クリッピングとメモ

『ブレードランナー2049』みた。なんかどうせなら先週見てたらよかったな。

ふと思いついてつんどくのディスクの中から。でも見てみたらこれどうせなら先週見てたらよかったなというのが感想。でこれ、続編なわけなので出来としてどうだったかということになるわけだけれど、そういうあれでいくと出来は良かった。いちおうもとの空気感のつづきで2時間40分以上できてたぽいので。まぁ本作自体だけでどうだったかというとよくわからない。ディック的な「自分とは」的な問いが薄かったような気もするし、悪者のほうに含みが欠けてるような気もしなくもないし、クライマックスの対決が意外にふつうにそのへんで殴り合ってるかんじになってないかという気もしなくもない。でもまぁそれはそれとして、それっぽい空気感がそれなりに続いていたらそれなりに満足するわけで、また、今回はAIスピーカーみたいなホログラムの女子が出てきて、けなげでよかった。そのへんのCGのかんじはちょうどいいかんじにハイテクとローテクが混ざったみたいな湯加減(のハイテクな映像効果)でいま現在にブレードランナーを作るとこうなるという感じ。

通勤電車で読んでた『建築家として生きる』。

建築家というのがどんな人なのか、知ってるようで知らないわけである。たとえばマイホームを持とうと思っても、テレビで宣伝してるなんちゃらホームとかのハウスメーカーの作る家を買ったりすると、それは建築家の設計した家ではないことになるらしい。また、工務店にお願いして大工の棟梁に建ててもらってもそこには建築家はいないらしい。建築家、というのは、自分の名前で設計して建築物を「作品」として作るひとのことのようなのだ。なるほどそれなら自分には縁がないだろうなあと思う。自分が毎日生活して人生を生きるのに何が悲しくて他人の「作品」の中で暮らさなくてはならないのか、と思わなくはないけれど、まぁ好き好んで誰かの「作品」の中で暮らしたい、そのために金を払いたい、という人たちが世の中にはいるということで、そういう商売が成り立っているということで、まずはそういうファッションデザイナーの建築版みたいなしごとが職業として成り立ってるんだーと思って本を読み進める。でまぁ、社会学という目線で見ればそういう職業は、いかにも興味深いわけで、その人たちがじっさいにどんな活動をしているか、どんな意識でやっているか、ぶっちゃけうまくいっとるのかいな、というのは、まぁおもしろいわけである。で、この本、著者の人じしんがいちどは建築家をめざした(二級建築士の資格を持っている)社会学者の人で、その目線から、たくさんの、ふつうの(つまり一握りの有名スター建築家ではない、地方でふつうに活動している)建築家の人たち(や、建築家ではないハウスメーカーや建設会社の設計士の人たち、この人たちの言うことはすんなりわかる)にインタビューしたりして(また、著者自身の建築家挑戦ストーリーなども間に挟みつつ)、職業としての建築家の世界を描き出している。で、前半は、建築家のいかにも微妙なポジションやその活動ぶりや意識についてブルデューを参照しながら描き出し、後半は、後期近代という時代のなかで職業としての建築家がどのように変容していくのかをギデンスを参照しながら描き出している。
(あ、そうか、あとから気づいたが、本の中に『結婚できない男』のあべちゃんの名前は出てきて、あれはなるほど「建築家」。で、タイミング的に本書では参照されなかった『大豆田とわ子』は、あれは建設会社なので、建築家ではないわけだな。でもいつか自分で家を設計して…みたいな夢を持ってたりするのだな。)(ちなみに、「ビフォーアフター」的なテレビ番組で「リフォームの匠」として出てくる人たちは、建築家の職業倫理にある「設計と施工の分離」に反してるので、建築家の世界では風上にも置けない恥ずべき逸脱者であるらしい。むつかしいものだな)(ちなみにわたくしは「ビフォーアフター」も好んで見てたし、けっこうお宅建築拝見系の「住人十色」とかもよろこんで見てて、狭小住宅の工夫された建築とかテレビで見る分には大好物)。

Twitterでみかけた「百年後の或る日」というSFアニメ。1933年の素人映像作家の自主製作というのだがさすがにフェイクでしょう。

Twitterのタイムラインで見かけた


で、「1933年に荻野茂二という素人映像作家が自主製作した「百年後の或る日」というSFアニメ」という触れ込みなのだけれど、

主人公の「荻野茂二」は「1942年の世界大戦中」に死んだことになっており、荻野の子孫がその霊魂を呼び出して百年後(2032年)の世界を案内する。
百年後の世界にはテレビが進化した「マジックテレビジョン」が開発されていて、それがタイムマシンにもなっている。原子力で動く火星ロケットや時速八〇〇哩で走る磁力列車(リニアモーターカー)まで出てきて、この萩野茂二という監督は何者なのかと思わされるが、本業は燃料店の経営者だったらしい。

というわけで、これはいくらなんでもフェイクだろう。1933年に存在しなかった世界大戦やテレビや原子力リニアモーターカーがこれみよがしに出てくる。
Tweetでも参照されてるこちらのブログ記事。
ameblo.jp

いや、上映ブースの説明板やパンフレットにある「1933年」という表示自体が間違っているのではないか。1933年ではなくもっとあとにつくられたのではないか。あるいは、1933年につくられはじめたがずっとあとになって完成したのではないか──。そうも考えた。しかし、これは、荻野茂二監督のご遺族からのご寄贈を受けて、東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)が管理・保存しているものである。映画アーカイブのエキスパートぞろいのフィルムセンターが、そんな誤った表記をしたりはしないだろう。しかし、そう思う一方で、こういう考えも頭に浮かぶのである。フィルムセンターは、所蔵・管理する作品の一つひとつを徹底的に調査・研究し、分析しているはずだ。ところがこの映画の不思議さにふれた解説コメントは一切見受けない。お気づきにならないのだろうか。それとも、この映画から奇異なものを感じるのは、たった一人、私だけなのだろうか──と。

まぁ、普通に考えて、これはフェイクか少なくとも間違いかだろうと思うわけだが、じゃあどこでどうなってこうなったのかをついでにちょっと知りたいところではある。