『アルチュセール ある連結の哲学』読んだ。

アルチュセール ある連結の哲学

アルチュセール ある連結の哲学

先日、連休ということで散歩に行って買ってきた本のうちのひとつ。気になっていたのをようやく読んだ。アルチュセールというと、好きで、読むとわからないんだけれど、なにせ心が弱そうなのがポイント。構造論的なマルクス読解で華々しく注目されたと思ったら、なんかフランス共産党の中で立場が悪くなりそうになったら手のひらを返したように教条主義的なことを言ってみたり、自己批判をくりかえしたり、あげくに鬱病になってみたり、とうとう内縁の奥さんを絞殺したけれど心神喪失状態ってことで有罪にならず入院状態から社会復帰することなく亡くなってみたり、その晩年になんだかとらえどころのない「偶然性の唯物論」なんていってエピクロスの原子論みたいなことを唱えてみたり。
で、この本はしかし、そうして自己批判ばかりやっていうことがコロコロ変わってばかりいるアルチュセールのなかに一貫したものを見出そうとしているようだ。精神崩壊の結果とみえなくもない晩年の理論さえ、じつはボケたわけではなくてマルクス主義者としての情勢認識のうえで唱えられたものであり、しかもその理論的骨子はもっと元気な時期の思考の中で全部出揃っていたともいえるわけで・・・みたいな。
まぁしかし、それでけっきょく、ねじがぜんぶほどけたみたいな晩年の理論に行きつくんだったら、アルチュセールってなんだったの?っていうかんじになるのはたしかで、たとえば社会学でてきとうに「アルチュセールイデオロギー論」なり「徴候論的読解」なりを引っ張ってきたいのであれば、それ以外の言ってることは無視して、自己批判は党の圧力に屈したってことにして、偶然性云々は狂気の結果ってことにして、なかったことにしてしまわないとつじつまが合わなくなってしまうではないか、という気もしなくはない。