『リッチな人々』。ブルデューの「批判社会学」をひとことで言うと「隠された支配関係の構造を暴露する」ことだというマンガ。

リッチな人々

リッチな人々

「フランスの社会学者夫妻による、ブルデュー社会学バンドデシネ」だそうで、例によってTwitterで、まぁフォービギナーズみたいな感じだというのでそんなもんかなと思いつつ読んでみた。まぁフォービギナーズみたいな感じだった。フォービギナーズ・ブルデュー社会学、ではなくて、フォービギナーズ・フランス富裕層、というかんじ。まぁ、フランスのエリートがみんな狭い人脈でつながってるというのはなんとなくそんなもんかなと思っていて、つまりブルデューを読むにしてもそういう、日本からは想像もつかないような強固ないやらしい階級社会抜きには読めないよ、ということなんでしょうねというのもなんとなくそんなもんかなという理解ではいた。しかしまた同時に、フランス社会は人権だとか平等だとかについてこれまた日本からは想像もつかないぐらい強固なタテマエのうえに出来上がっているというのもあったはずで、だからフランス社会というのは日本からは想像もつかないぐらいの極端な矛盾を、ケロリと涼しい顔でやりすごして階級的な仕組みを成り立たせて回っているわけで、だからこそそれを明示化したブルデューというのは当時のフランスの人たちにとって衝撃的だったのだ、みたいな筋書きだったと、これまたいつもながら薬師院さんの論文で読んだような気がするわけである。そういう感覚は、人権だとか平等だとかのタテマエがそもそも成り立っていない、でもまぁ同時に超絶すごい世襲エリート層なども存在しないポンコツ既得権益層がせこい保身に汲々としてる程度の、まぁ幸か不幸かグダグダな日本人からするとたしかに理解不能かもしれないし、たしかにそういう開いた口のふさがらないような欺瞞の無意識化っぷり鉄面皮っぷりは、まぁハビトゥスだのなんだのとでも言い出したくなるぐらいなのかなぁとは思うわけである。
まぁそういういいかたをすると、たしかに日本でぐだぐだやってる人間がブルデュー入門するためにはこういうフランス富裕層入門みたいなのもいいのかなと思わなくはないけれど、それはまぁフランスで書かれたこの本が本国で受け入れられた意味とは違うだろうなという気もしなくはないけどまぁ、自分はフランス人でもないのでこの平板な左派的告発に見える本がフランス人にとってもはたしてブルデュー社会学入門になるだろうかということについてはどうでもいいです。