オープン・スペース・テクノロジー ~5人から1000人が輪になって考えるファシリテーション~
- 作者: ハリソンオーエン,ヒューマンバリュー,榊原唯幸
- 出版社/メーカー: ヒューマンバリュー
- 発売日: 2007/01/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ていうのはどういうことかというと、「オープン・スペース・テクノロジー」という技法は、いわばミーティングが運営されるためのOSなのだ、ということ。「ワールドカフェ」紹介本のほうでは、具体的な技法より理屈みたいなはなしが多くて、ディベートはダメでこれからはダイアローグだ、とかいっていたけれど、それはいわば参加者の側の心がけの次元に属する話で、参加者がものわかりよくダイアローグしてくれたらいいな、というオチになってしまいかねない。もちろん、参加者がリラックスしてくれるために、テーブルに花を飾るとかそういう具体的な技も紹介されてるし、まぁ、カフェ形式にして途中で席替えさせる、という具体的な技法にかんしては、有効だろうし使えそうとは思う。でも、やはりあれらの紹介本は、どっかで参加者の心がけに期待してしまっているように感じた。
で、「オープン・・・」のこの本は、そのへんはもう、参加者は自分で参加してるんだし嫌なら出て行けばいいんだし、話し合いをするならその責任はいつも参加者ひとりひとり自分自身にある、ということが前提に進んでいて、だけどそれでカオスになるかというと結局いつでもそれなりに、おもいのほか、かなり、すごく、成功するのだ、というふうに書かれている。参加者がしかじかの心がけを守ってくれるだろうという点を信頼しているわけではなく(それじゃあ暗黙のコントロールだ)、参加者がなんにせよとにかく自分で責任を持って参加しているという点だけを前提にしているわけで、つまり、次元が違うのである。
で、なにが書いてあるかというと、時間(まる1日〜3日間ぐらい)と空間(部屋とか壁面とか椅子とか)といくつかの小道具(貼り紙とか付箋とかパソコンとか鈴とかマイクとか・・・)をリソースとして、そのなかでそれらを利用してセッションが円滑に運んでいくようにする「仕組み」の設定の仕方が書いてある。それがうまくいけば、参加者はそれぞれがひとりひとりなにがしかの責任能力を持っているので、自然に組織化していって、セッションの終わりには、すぐに行動に移せるような100ページ以上の報告書とその後の行動計画と、やる気のある人たち、が出来上がっている、というわけである。それが、ほんとに、OSみたい。ハードウエアの環境の中で、マルチタスクが処理されるための仕組み、というかんじ。
これ、例によって、じゃあすぐ自分がやるか、というと、そういうわけでもないのだけれど、考え方としてとてもいいかんじだ、目が覚める、と思った。
ちょっと文句を言うと、時間について考察する「哲学者のセント・オーガスティン(St.Augustine)」などという人が出てくると、「?」と思ったりする。まぁそれもご愛嬌なのだけど。