通勤電車で読む『ハードウェアハッカー』。山形浩生監訳の奇書。例えば知財をめぐる深圳的エコシステムについては『野生のエンジニアリング』の文脈でANT的に読める等。

どこで見かけたのか、ちょっと気になって読んでみたらけっこう得体のしれない本だった。著者は有名らしいハッカー、というか、DIY的な人で、Xboxを分解してハックするような本で有名な人らしい。あと、いくつかのスタートアップでガジェットを作ったり、同じようなDIY的なハッカーたちが喜ぶようなオープンソースのラップトップを作ったりとか。バッタ物のSDカードを分解して内容を解析するとか?中国製の激安携帯電話を分解して…とか?あとプログラムを解析するようにインフルエンザウイルスのDNAデータを解析するとか。なんかそんなことをやっている人らしい。山形浩生監訳。で、本書の最初のあたりは、中国の工場でガジェットを大量生産するとかなんとかいって、電子部品やらプラスチックの部品を工場でどんなふうに作るかをあれやこれや書いていて、何だこれはと思いながら読んでいると、深圳でどんなことが起こっているかがじわじわ実感されてくるみたいな。かと思うと、知財のはなしになって、いまあらゆるものが特許とかでガチガチに守られて固められている、そこから見ると、中国は違法な偽物・コピー品が横行する悪い場所ということになるわけだけれど、しかし、それは深圳の圧倒的な先進性、創造性、スピード感をうみだすものと表裏一体なのだというはなしになり、知財をめぐる深圳的なエコシステムのはなしがはじまって、このあたりがおもしろいといえばいちばんおもしろかった。たとえば昔のApple IIには回路図やソースコードが付いていたのだそうで、中身を知りたい人には知ることができたわけで(そういえば自分の記憶でも、昔のラジオの裏蓋をネジで開けると内側に回路図が貼り付けてあったのを覚えている)、でもたとえばいまiPhoneを買っても持ち主にはすべてが秘密になっているし、すべてが特許とかでガチガチに固められていて手の出しようがない。ところで中国だと、設計図なんかはオープンソース的に「公開」されて勝手に(?)利用できるのであるらしい。だから、誰かが新しいものを作ろうと思ったら、最新のモノを活用し改良し組み合わせてその上に乗っかってイノベーションをすごいスピード感で進めていくことができると。しかも、そうして活用(?)されている設計図なりが結局ある種の広告メディアのようになって設計者も結局うるおう、というしかけで、オープンなエコシステムができあがっていると。深圳には、iPhoneを製造するFoxconn(シャープを子会社にした鴻海というのがそうなんですな)のような巨大メーカーもあるけれど、無数の小工場や市場がゲリラ的に活動することで総体としてすごいエコシステムを作ってるんだね、というおはなし。このあたり、ちょっと以前に読んだ『野生のエンジニアリング』(https://k-i-t.hatenablog.com/entry/20131111/p1)を想起したりもした。あちらはタイの中小の工場のおはなしで、設計図なんか抜きでモノをつくっちゃうみたいな筋書きのANTのはなしだったけれど、こちらは設計図の流通のしかたの違い、すなわち知財をめぐる考え方の違いでもあり、法律の違いでもあり、社会の違いでもあり、エコシステムの違いでもあり、出来上がる製品の違いでもあるものがANT的にうみだされるのだよ、というおはなしにもなりそう。ハッカーの、あるいはDIYの視線が、それをあぶりだすのだよ、等々。
なんだけれど、本書はぜんぜんそんなところにおさまらないし、まぁ大部分はソフトウエアの、あるいはハードウエアの、あるいは物流の、あるいは起業の資金調達の、あるいはDNA解析の、でもなんでもいいけれど、ごちゃごちゃした話が書いてあってわかんないから薄目を開けつつ読み飛ばしつつなわけだけれど、全体を通じて著者がめちゃくちゃ楽しそうなのがびんびんと伝わるのである。まぁ奇書ですわね。