通勤電車で読む『日本がアメリカに勝つ方法』。

このまえ読んでた『日本人のための議論と対話の教科書』(https://k-i-t.hatenablog.com/entry/2024/01/31/102118)の人の昔の本で、たぶん内容の基本線がかぶっているので、この本がプロトタイプになって新書ができたんじゃないかな。ていうかプロトタイプのほうがごちゃごちゃした具体的話題が多くて、そこから骨組みを抽出したのが新書本というか。でまぁ、だから内容的には新書本と同じっちゃ同じだし感想も同じっちゃ同じ。よのなか両極端の極論ばかりがバズって極論vs極論のあほな殴り合いばっかりになってるけどそれじゃ前に進まんのでおちついて人の話を受け止めながら議論したら地道なまん中あたりの解が見つけられるようになって、世の中がよくなるよと。それはまぁおっしゃるとおりである。でまぁこの本はなぜこのタイトルになっているかというと、つまりアメリカは両極端の極論で殴り合うことを選んだ、分断上等の社会であると(試験で苦手な文系科目は全捨てしちゃって得意な理系科目だけに全振りして合格点を取ろうという偏った戦術を良しとする社会、空気を読まずに決着をつけることを良しとする社会、みたいなイメージを、著者の人は繰り出す)。なのでさいしょはかっこいいけれど必ず正論に対して負けた側、社会の正義の網からこぼれたものたちの反撃が大きな力となって、極論vs極論のあほな殴り合いにおちいってにっちもさっちもいかなくなることであろう、と。たほう日本はといえば、根本的なところで、空気を読む社会、試験で言うとまんべんなく平均点を取るのを良しとする社会であるので、そのほうが長い目で見ると可能性があるぞと。もちろん空気を読んで出る杭を打つ抵抗勢力だけの社会ではいかんのだけれど、さすがにこの長期不況を経たいまこそ、空気を読みながらもグローバル的な合理的な理屈もうまく取り入れて地道なまん中あたりの解を見つけて前進することができるようになることであろう、みたいなおはなし。20世紀リベラルの言論は新幹線型だったがこれから求められるのは山手線型の言論だ、その心は、大阪から新宿に行くのにはまず新幹線に乗らないといけないというのが20世紀型で、とにかく大まかに超特急でぶっとばす、新宿を通り過ぎるかもだけれどとりあえず新幹線で行く、という。でも今やわたしたちは品川駅なり東京駅なりまで来ているのだから、そこからさきは山手線でごちゃごちゃ行く必要があるよねと。これからのリベラルは新幹線的大正義をふりかざすんじゃなくて山手線ぐらいの粒度のおはなしができないとね、と。まぁそんなかんじ。このあたりの文体なりたとえ話なりにかんして生理的な好き嫌いはでてくるだろうけれど、まぁ本当に日本がアメリカに勝つかどうかは置いておいて、まぁ、骨子だけみればふつうにまぁそうですよということが書いてある。
あとまぁこの本が出たのが2014年。2012年からの第二次安倍政権で、「アベノミクス」で景気をどうのこうのしようとしていた頃、そのころアメリカではオバマ大統領の二期目(その次の2017年にはヒラリー・クリントンが確実と言われてたのにエスタブリッシュ臭が嫌われて?まさかのトランプが勝ったわけですね)、ぐらいの空気感で書かれていたというのはあるかもね。でまぁ結局10年たって日本はアメリカに勝つかなあ、という、まぁそのあたりの具体的なところについてはいろいろ受け止め方はわかれるでしょうな。まぁしかし骨子だけ見ればふつうにまぁそうですよということが書いてあるわけである。